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信仰で後悔しないために

信仰への疑問が生じたときに(3)


成長に応じて必要な教えも変わる

完全にして絶対的な宗教がないということは、人によって合う教えが違うというだけではなく、一人の人間においても、生長の度合いによって必要な教えが変わるということも起こりうるということです。

かつてその教えで救われた、あるいは、その教えは最高の真理だと思ったにも関わらず疑問が起こってくるということは不思議なことではありません。
また、その教えが正しいと思った自分が間違っているわけでも、疑問を持った自分が間違っているわけでもありません。正しいと思っているときの自分にとっては必要な教えであり、疑問が生じたときの自分にとっては不必要な教えであるわけです。

小学生のときには小学生の学ぶべき内容があり、中学生のときには中学生が学ぶべき内容があります。小学校を卒業したならば、中学校へ行かなければなりません。また、小学校で学ぶべき内容をとばして、中学生の内容を理解することもできません。縁を持ったということは意味があるのです。

その宗教が社会的に問題と見られているものであっても同様で、自分自身にそういう教えに関わる因縁があり、必要があったと言うことができます。これは、教え自体の内容という問題だけではなく、そこにおける体験の中から学ぶ、あるいは悟ることによって、自分自身が成長するということを含めます。

私自身がかつて統一教会に関わった経験を例にとれば、統一教会そのものから得たものはほとんどありませんでしたが、「統一教会に関わったこと」からは非常に多くのものを得たということができます。

まず、私自身にとって長年の課題であった、父との関係が大きく変わりました。父は私が統一教会に関わることに大反対で、3年間ほどは帰省しても口をきかないというような状況でしたが、その断絶期間を通して過去の関係がリセットされ、新しい関係ができたわけです(ただし、牧師や弁護士などによる脱会工作で、親子の関係が取り戻されたなどということではありません……私はそういう活動には疑問を持っています)。

また、統一教会の幹部や教祖・文鮮明氏自身の言動とその結果を見て、それまで漠然と考えていた人間の育成についての問題やあるべき宗教の姿など、いろいろなことが整理されました。ただし、それは「こうすれば必ず失敗する」という見本だったわけですが。

私は当初、文鮮明氏の弟子に対する接し方を聞いて、それでは絶対に人間が萎縮してしまい、能力が発揮できなくなるはずだと感じました。しかし逆に、それにもかかわらず世界的に大きな仕事をしているとするならば(当然、そのためには優秀な人材が揃っていなければならないでしょうから)、自分の考え方が誤っていて、実はそういう接し方が正しいのか、それとも神様が背後にいて奇跡を起こしているのか、いずれにしても何か真実があるのでなければ、そういうことはあり得ないだろうと思ったわけです。

しかし、だんだん中に入り、古参幹部とされる人たちに接するにつれ、やっぱりダメなものはダメだということがよくわかりました。実際、統一教会の内部でも、情報のない末端信者はともかくとして、古い幹部、上の幹部ほどダメだというのは常識です。ただ、信者はそれを一番上までは向けないわけですが、根本的な問題が文鮮明氏自身のやり方にあることは当然のことです。
また、上からは「○○勝利!」などと景気のよい話、希望的な話の大本営発表があるわけですが、中にいると、横からその実情・実態が伝わってくるわけです。人間の愚かさがストレートに噴出しているようなところでしたが、ともかく、いかにしてそういう共同幻想が作られ、お互いに依存し合っているかということを間近で見ることができたのは、大変な勉強になりました。

さらに、一般的に統一教会の信者が他宗教について学ぶということはまずないのですが(自分たちが最高の教えだと思っているので自ら学ぶ気もないし、むしろ時間の無駄、ひどい場合にはサタン的と考えている人さえいます。キリスト教だけは先行する摂理宗教だと考えているので勉強している人もいますが、あくまで統一教会を中心とした視点からです。とはいえ、これは統一教会に限らないことですが)、私自身は統一教会にいる期間に諸宗教について勉強を始めました。幸い、理解のある上司に恵まれたので、束縛もほとんどなく、かなり自由にやれました(ただし、これは私が〔統一教会のダミーといわれていた〕天地正教の信者であって、統一教会そのものからは距離を置いていたこともありますが)。

そして、なによりも私にとって重要なのが、統一教会に関わっていたおかげで、日韓佛教福祉協会の柿沼洗心会長に出会い、その教えを受けることができるようになったことです。
もともと私自身は統一教会が大嫌いで、天地正教の信者にはなったものの、統一教会を受け入れることには極めて強い抵抗感がありました。そして、柿沼会長も宗教者として、来るものは拒まないという信念から、統一教会の信者であっても分け隔てなくつき合っておられますが、大の統一教会嫌いです。それが、統一教会に関わったおかげで、先生のもとへ出入りしていた統一教会の信者を通じてご縁をいただくことができたのですから、不思議なものです(そして、先生のところへ通いながら教えを受けることによって徐々に目が開け、迷いの霧が晴れて、統一教会を離れることになったわけです)。

ですから、どう考えても統一教会に関わらずして、今の自分はあり得ませんし、それを通して得たものは計り知れません。若くて愚かだった自分であるということも含めて、その時の自分にとっては統一教会に関わることが必要であったし、また最善であったと思わざるを得ません。

結局、いくら高度な内容の教えであっても、受ける側に器がなければ意味がありません。それどころか、本人にとって有害なことさえあり得ます。本人にあった教えが一番ですし、また、結果的に生長が早いわけです。

ただし、常にそれ以外の選択肢も準備されているということも、きちんとふまえておく必要があります。それ以外の選択肢を選ぶことのできない自分であったからこそ、その教えに関わることが必要であったということです。

言い換えれば、そうせざるを得ない因縁があり、その因縁に流されている自分であったということです。

ともかく、自分の生長に応じて必要な教えが変わる以上、たとえ過去に救われたことがあったとしても、合わなくなった教えにこだわるべきではありません。釈尊は、このことを筏のたとえを用いて説いています。

ある男が、河を渡るために筏を組んだ。無事に対岸へ着いたとき、「この筏は私の役に立った。私は、この筏のおかげで無事に河を渡ることができた。さあ、この筏を頭に載せ、あるいは肩に担いで、私の思うところへ行こう」と考えたとすると、それは筏に対して為すべきことを為したとはいえない。
「この筏は私の役に立った。私はこの筏のおかげで無事に河を渡ることができた。さあ、この筏を岸に引き上げ、あるいは水中に浮かべて、私の思うところへ行こう」と考えたとすると、筏に対して為すべきことを為したといえる。
そのように正しい教えであっても捨てなければならない。まして、間違った教えはなおさらである。

結局、一つの教えというのは真理そのものではなく、真理に到るための手段です。ですから、それに執着してはいけません。かつてその教えによって救われたからといって、疑問が生じ、自分に合わなくなっているにもかかわらず、そこに留まろうとするのは、岸に着いたにもかかわらず、筏に執着しているようなものです。

かつて救われた教えにこだわっているために、かえって過去の功徳さえ失ってしまい、迷いや悩みの淵に沈んでいる人が多いように思われます。自分が生長して、そこに留まる必要がなくなったのであれば、速やかに卒業して次の段階に進むべきです。

ただし、その場で与えられている課題をクリアしていないにも関わらず、自分のわがままで嫌になってしまった場合は別です。たとえ、その信仰をやめたとしても、結局同じような問題が、より厳しい内容で起こってくるでしょう。

その人の生長に応じて必要とされる教えが変わり、その結果それまでの教えを離れたのか、それとも自分のわがままで逃げ出したのか。その見分け方は、以前の宗教に関わっていたことに対して感謝しているか、恨みを持っているかで判断することができます。「何を通じて何を得た、あそこに行ったときはこういうことを得た」という人と、あちらにもこちらにも不満と恨みを残しながら宗教遍歴を繰り返している人がいるわけです。

こういうことは、なかなか自分では判断しづらいものですが、もし同じような状況が繰り返されているとするならば、教団の問題ではなく自分のわがままではないかと、我が身を省みる必要があるでしょう。

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2003.06.10
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